理科部

3月中旬。お台場の科学未来館の常設展の一部が刷新され、そこで使われる映像の1つを担当させてもらった。小さい頃から好きな科学館という場所で、久しぶりに純粋なモーショングラフィックを丁寧に作らせてもらい、全体としても大変素敵な展示で、自分にとって思い入れの大きな仕事になった。

でも何より嬉しかったのは、中学の時に在籍していた「理科部」の顧問の先生が、自分の名前をクレジットに見つけてくれたことだった。自分は元部員の仲間から間接的に聞いたのだけど、わざわざメールで「これは本人か」と問い合わせてくれたらしい。名前を覚えて頂いていただけでも、ありがたい。

理科部は、名前からはとても想像し難いハードな部活だった。ざっくり言うと「1年かけて夏休みの自由研究をする」というのが活動内容で、放課後はもちろん朝練も毎日あったし、夏季合宿もあった。部活が大好きだった自分にはハードというよりも、単にその密度が嬉しかった。未だに試験管は水滴跡や指紋を残さずに洗って乾かせると思う。最後には部長もさせてもらった。

エタノール爆発やらロボットハンド制作をしていた一方で、FlashやBMSAとの出会いをくれたのも理科部だった。元々いた先輩方が色濃く、いろんな世界を見せてくれた。そもそも、好きなことに傾倒した人たちがギュッと集まったコミュニティを目の当たりにしたのもそれが初めてで、感動を覚えた。そしてそのメンツを束ねていた、顧問の先生は特に印象深かった。

もう教員歴も随分と長い女の先生だったけど、「健康のため」と誰よりも大股・早足で歩き、朝から晩までキビキビと音が聞こえてきそうな動きを保ち、怒っても笑っても、他のどんな先生よりも迫力(魅力)があった。車と音楽に対する男性顔負けの情熱を持ち、通勤に使っていたGT-Rは教職員用の駐車スペースで1台異彩を放っていたし、1度だけご一緒したアイアン・メイデンのライブでは最前列で旗を振って叫んでいた。趣味の顔は「理科の先生」をしている時にはあまり見せなかったけれど、たまに白衣の下に炎と骸骨のTシャツ柄がうっすらと透けていて可笑しかった。

でもそれら趣味と同じくらい、生徒に深く愛を持って接してくれた最高の恩師だった。身体を張ってたくさんの知識と体験を与えてくれたし、自分の単なる「理科好き」を、論理的な思考力として自分の根幹に落としこんでくれた人だと思う。

寂しいことに三年生の時、途中で先生が他の学校へ移動になってしまい、受験もあって自分も部活への熱もそこで一気に冷めてしまった。

今、いわゆる「真っ当な理系」からは逸れてしまった身だけれど、科学館という場所で先生に自分の活動を目にしてもらえたのは嬉しかった。しばらくの間は未来館に足を運ばれるとも聞いたので、近々きちんとご挨拶に行きたい。