無くならない: アートとデザインの間

佐藤直樹さんの「無くならない: アートとデザインの間」を読んだ。キャッチーなタイトルに良い意味で裏切られ、節々に驚くほど共感を覚えたので、本の感想は苦手だけれど書き留めておきたい。

内容は「アートとは」「デザインとは」に対する汎用的な対比や解説というよりは、個人的にはまるで「自身の観察記」といった印象を受けて、それがとても良かった。これまで何をしてきて、何を見て何を感じ、何がしたかったのか… という経験や心境の変化をじっくり観察することを通して、今続けている「描く」という行為への理解や納得に帰結させようとするものに思えた(その道筋において、アートやデザインの社会的位置づけなどにも丁寧に触れられている)。また、業界というより彼自身にタイトルの二面性があり、その間に流れる深く暗い川の両岸を、ひたすら行き来しながら書かれているようにも見えた。かっちりとした結論に導くでもなく、悶々と悩みながら右往左往する様子がそのまま描かれていて、それ故に言葉が自然と入ってくる。

まず何十年と第一線で張っていた人が、依然これほど根源的なところで悩み続けている事実に、半ば絶望しつつも勇気付けられる。自分のやっていることに自分できちんと説明のつかない状態は、自分程度の浅はかさでは当然のこととすら思えてくる。

自分は佐藤さんと違って大した実績も経験もなければ、幼少期からの表現に対する技術も原体験も持ち合わせていない。それでも不思議と、扱われているこの仕事や業界を巡る多くのモヤモヤに共感してしまう。偶然にも自分も転校の多い人生で、それが書籍にあるような性格形成に繋がっているかは分からない。でもこういう人間は、この面倒な思考回路に今後も長く付き合うことになるのだろうな、という諦めと覚悟を持つと同時に、その成れの果ての姿としてはある種の憧れすら抱く。

自己分析への距離感や姿勢にはじまって、「肩書き」「作品」「型」「忘我」「木彫りの熊」「職能」「考えない」… など、各テーマに対する細かい共感を挙げるとキリがない (というか本で書かれている「やられた」の感覚に近い) 。でも何より、これら全体を通して様々な面から言語化しようとするもどれもしっくりこない、共通項としてぼんやり浮かび上がる「何か」への共感が一番大きく、嬉しかった。

いつも部分的にすら他人に上手く説明がつかないし、自分ですらよくわからないものについて、ここまで他人側から共感を受けるのかという驚き。それは多分「よく分からないし、誤解を生むかもしれないけれど、例えばこういうこと」を何例も繰り出していくしか無いのだろうけれど、これほど見事に浮き立たせた例もまた無いように思う。言葉にすることで失われるものへの怖さに十分敏感でありながらも、慎重に表現のアプローチを重ねる姿勢に、自分も言葉にする努力をしていこうと思った。

本の中でなされている議論の中には、まだまだ自分の知識・経験では全く及ばずについて行けない箇所も多くあったので、また数年後に読み返したいと思うけれど、今読めて本当に良かったと思える本でした。