Kindle
7年ほど使っていたKindleを買い替えた。新しい世代が出るたびに少し気にはなっていたけれど、特に不便もなかったので決め手に欠けたのだが、ついに紛失してしまった。おそらく久しく乗った飛行機の、座席前の網の中だ。でも思えば身の回りで、7年も使って不便を感じないガジェットはほぼ皆無で、これは結構特異なことだと思う。
大体はソフトウェアの進化にハードウェア側が追いつかなくなったり、もっと便利なものが登場して羨ましくなったり、バッテリーの消耗から「そろそろ潮時かな」というタイミングが2〜3年で来るものだが、Kindleはそんないずれのきっかけとも基本無縁なのだ。特に目ぼしいアップデートが無いというのもあるが、そもそもバッテリーの持ちが異常に長く(毎日使っても数週間はもつ)、何よりデバイスが「本を読む」という唯一の目的に特化していて、こちらもそれ以上を求めていないのが大きい。
そしてそれは7年前の時点で、既に(自分にとっては)十分達成されていたように思う。漫画や雑誌を読むことにも使う人はまだ物足りなさを感じるかもしれないが、少なくとも自分はKindleには活字での読書体験しか期待しておらず、それに関して言えばほぼ何も変わっていなかった。
強いて言えば、ページめくりの物理ボタンが排されたことが惜しかった。以前は左右の脇にあるボタンでページが送れたのだが、特に左側にあった「戻る」ボタンが消えたのはとても惜しい。というのもKindleは画面タップやスワイプでページめくりを行うが、操作の結果、次のページに行ったのか、あるいは戻ったのか、画面上の反応からはかなり判断しづらいのだ。そもそも「進む/戻る」の挙動を分ける左右のタップ領域が厳密には示されておらず、(デフォルトを「進む」にしたい意図なのだろうが) 中央付近は「進む」であるため、少し偏った位置にその境界がある。やや保険をかけて端の方をタップしても、活字の羅列がふわっと別の羅列にクロスフェードするだけで動きに方向性がなく、操作が意図通りに行われたか、常に小さな不安が伴う。操作位置に依らず、確実性の高そうなスワイプ操作も特に最初の一回はタップと誤認されてしまうことが多く、ページを進めたつもりが前のページを読んでいたことが何度かあった。(ページ番号表示をONにし、それに注視しておく、という手は一応とれるが面倒)
これがiPhoneなどのスマホであれば、スワイプ時に若干紙面が指にひっついてきたり、タップ時に左右へ軽いアテンションをつけるところだろうが、Kindleの画面リフレッシュレートや処理能力でそんな芸当はできない。普段はもはや意識にすら登らない、スマホ画面のマイクロインタラクションの恩恵を改めて認識するところではあるけれど、それができないデバイスにおいては確実な操作のための代替手段 (=物理ボタン) が有効に働いていたように思う。
良い面に話を戻すと、期待する機能を既に十二分に満たしている意味では、その存在は腕時計などに近い気がする。デジタルデバイスと言うより、道具やモノの側。そして電子ペーパーを用いた画面特性が、さらにそれを後押ししている。日光下で見やすいというのは、ガジェットの象徴である液晶画面の持つ特性とはいわば逆のもので、未だにはっと不思議さを覚える。結果として無意識に屋外や明るいロケーションを選んで使いたくなることも、存在の認識をアナログに寄せるのかもしれない。
全く物理本を買わない状況にやや後ろめたさを覚え始めたこの頃でもあるのだけれど、デジタルデバイスの中のKindleの存在もまた良いよね、と思うのでした。